ジャニヲタ10年選手がB.A.Pに2度目の青春を夢見た話

今さらながら、B.A.Pの記事を書きたいと思う。

本当はB.A.Pが活動しているときに布教ブログを書きたかったんだけど、そうこうしている間にグループが事実上の解散をしてしまったので、このブログで私のB.A.Pへの思いを昇華させてほしい。「いつまでも あると思うな 推しとグループ」*1と、先人はよく言ったものですね。

 

B.A.P(ビーエーピー)とは

 

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韓国の6人組男性アイドルグループ。所属は諸悪の根源TSエンターテイメント。

2012年に「WARRIOR」でデビュー。

ヒップホップを軸とした音楽スタイルで、『アイドルらしくない』ワイルドさ*2が売り。

活動期間は2012年~2019年。

今年2月18日をもって全てのメンバーが事務所を退社し、事実上の解散となったが、今後どこかで再結成となるかは未定。

 

私とB.A.Pの出会いは、2014年

「1004(ANGEL)」をタイトル曲とするフルアルバム「First Sensibility」が米ビルボード ワールドアルバムチャート1位にランクイン。韓国チャートで「1004(Angel)」が1位を獲得し、B.A.Pにとってはデビュー2年目、まさに乗りに乗っているタイミングだった。

私はといえば、自担が突然事務所から契約解除され*3毎日ツイッターで自担の私生活を覗き見る日々。他のグループに沼堕ちするには絶好のタイミングであった。

 

私が初めてB.A.Pを見て、衝撃を受けたのがこのMV。「ONE SHOT」である。

 

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KAT-TUNのPVの中でドンチューの演出が最も大好き芸人の私は、物騒でストーリー性があって、もう映画撮れるんではないか、と思わせるこのMVにめちゃくちゃ興奮した。これだ、私がKAT-TUNで見たかったものは。B.A.Pなら、見せてくれるかもしれない。夢見てもいいかもしれない。2度目の青春を。

 

そう思ったヲタクの行動は早い。

毎日彼らの動画を見た。DVDも見た。曲も全て聴いた。こういうときの熱って一体どこから来るんだろうね。

 

そうしているうちに、私は一人のメンバーに惹かれていった。B.A.Pのリーダー、バン・ヨングク

 

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顔はそこまで良くないが(ごめん)、私の好きな顔には違いない。

背中にタトゥーが入っていたり(応援しているうちに胸や腕にも増えたよ☆)、シャイなために無口だったり、グループで最も柄が悪そうに見えるのに、実は陰ながら慈善活動を積極的に行っている。それなのに全く驕らない。

祖母にもらったティガーのぬいぐるみを大切にしたりしていて、愛犬にティガーと名前をつけるくらいティガーが今でも好き。

動物と小さい子ども、おじいちゃんやおばあちゃんにとても優しい。そして真面目。反戦、平和に対して人一倍関心がある。優しさと真面目さゆえに精神を病んでしまうこともあった。

そして何を隠そう、彼はラップを担当している。

 

そんなの、私、この人のこと好きになるしかなくない!?

 

初めは自担との共通点の多さが気になっていたけど、そのうち彼の人間性に惹かれていった。

 

ところでB.A.Pのメンバー構成はKAT-TUN担にとってめちゃくちゃ魅力的である。

まるで太陽と月のようなツインボーカルデヒョンヨンジェ熟年夫婦のような年上組ヨングクヒムチャンクロバットが得意な無限の可能性を秘めた末っ子組ジョンオプZELO

 

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(左から、ZELO、デヒョン、ヨングク、ヒムチャン、ヨンジェ、ジョンオプ)

 

初めから親切なシンメ制度が敷かれている。

ツインボーカル、ラップ、HBB、アクロバットまである。

 

そして彼らの魅力はなんといってもライブ。ライブ。ライブ。

 

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会場をクラブハウスに変えたり、ステージに火柱が立ったり、戦闘機がスクリーンからステージに突っ込んだりする。

 

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MVで人が死ぬのは日常茶飯事。銃撃戦は朝飯前。物騒オブ物騒。

 

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スクリーン全体に「WAR」と大きく文字が出たと思ったら、まるで映画のエンドロールのように1914〜2016年までの戦争の名前がつらつらつらつら……「NO MORE WAR」と映し出されて、会場がシン、となったこともあったなぁ。あれはすごかった。

 

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参照 : YouTube

 

とにかく、私はKAT-TUNで味わった青春を、もう一度彼らに託したかった。夢を見たかった。

 

しかし現実はそう甘くなかった。酸いも甘いも味わわなければいけなかった。私が彼らを見始めてから本当に間もなく。「B.A.P訴訟へ」「無期限活動休止」頭の先から足の先までサーッと冷たくなる感覚。スマホを開いて倒れそうになるの、これで、何度目…!*4

 

訴訟の内容は、

・デビュー後約2年半給料が払われず、やっともらえたのが2014年の7月末。金額は一人193万円と不当なものだった。

・CDの売り上げ、グッズの分け前は事務所とB.A.Pで9:1だった。その1を6人で分ける。

・明細を公開してほしいと頼んだが事務所は拒否。メンバーの望みは不透明な資料の公開のみ。

・メンバーが倒れるほどの過密なスケジュールを組んでいるにも関わらず、上記のような対応。病院で点滴を受けるメンバーのところへ事務所の関係者が押し掛け、公演へ連れ出した。

・海外での公演も健康状態を理由に参加できないことを伝え、診断書も提出したが、出演できなかった場合訴訟や返金などは全てメンバーが責任を負うように脅し、公演へ無理やり出演させた。

 

など、ザッと読んでもひどい内容。ファンから「休まないB.A.P」というキャッチコピーまでつけられるほど海外を飛び回り、TSエンターの稼ぎ頭として働いていたB.A.P。

では、なぜ早く訴訟しなかったのかというと、一番末っ子のメンバーZELOが成人になるのを待っていたから。6人全員揃って訴訟を起こすためだったと。泣けるじゃないか。赤穂浪士かよ…。

 

結局元サヤに戻ったわけですが、事務所の対応が改善したとは思えず。

ただ、訴訟が終わって活動再開したときの「Young, Wild & Free」本当に、本当に最高だったなぁ。

 

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ライブのオーバーチュアを思わせるようなオープニングに、彼らの魂がこもった歌詞。

 

『何度転んで倒れても傷ついても忘れればいい。誰が何と言おうと俺らは好きなようにやる。気にすんな。俺らは勝手にやる。』

『お前の歩みを止めるな。俺は俺らしく、お前はお前らしく。』

『同じ試練が降りかかっても俺たちを阻むことはできない。』

 

そして、ツインボーカルのデヒョンとヨンジェが背中を合わせて、『俺たちが揃えば何だって出来る』と歌う。

 

『若い俺の人生はたった一度だけだから。俺たちは危険に咲くこの青春を燃やすのさ。』

鳥肌が立った。彼らは青春を燃やしているんだと。危険に咲く花だと分かっていながら。

 

活動再開後は以前よりも色々なジャンルの曲にチャレンジするようになったと思った。今までのようなゴリゴリなヒップホップだけではなく、「FEEL SO GOOD」「That's my jam」みたいなおしゃれな曲も好きだったなぁ。

 

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そして2016年。10分にもわたるMVが発表された。「SKY DIVE」こそ私が選ぶB.A.PベストオブMV!!

 

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こんなMVある~~~~!?!?!?!?!?

 

夢?私が見たすぎて見た夢?これ、夢?

物騒ドルが好きなら死ぬまでに見たいMVベスト10に入る。(ちなみに規制なしバージョンもあるので血とかこわくないよって方はそちらも見てみてくださいね。ぜひ。)

謎解き、ポーカー、銃撃戦、メンバーの裏切り…。

もし、KAT-TUN6人で長編のMVが撮れたら。映画を撮れたら。そんな私の思いがここでようやく成仏したように思う。

 

そして、この「SKY DIVE」が収録されているNoirというアルバムを聴いて、B.A.Pのほとんどの曲の作曲を手がけているヨングクの音楽性にめちゃくちゃ感銘を受けた。ヒップホップからジャズまで幅が広すぎる。この人の作る音楽って間違いない。

 

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この頃のヨングクはB.A.Pのほとんどの楽曲に携わり、他ユニにも楽曲提供したりしていたので、文字通り眠れない日々が続いていたのだと思う。密着ロケでも夜中までパソコンに向き合う姿が映っていたし、訴訟前と大差ない忙しさにファンも心配していた。

相当疲弊していたのだと思う。この年の10月、ついにパニック障害の診断を受けてしばらく活動休止することになった。

 

彼が休止中の5人の「SKY DIVE」。今でも覚えている。リーダーがいなくても俺たちでやらなければいけないというこの気迫。ヒリヒリしたなぁ。

 

 

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韓国のアイドルはジャニーズとは異なり、毎年契約を更新するのではなく、初めに契約年数が決まっている。一番入社の早かったヨングクは、昨年の8月に契約を更新せずB.A.Pを脱退した。その次に入社の早い末っ子ZELOも年末のツアーを全うした後、(本当はツアー中に契約期間は終了していたが、最後までツアーに参加した)グループを脱退・退社した。

他4人のメンバーの契約期間は今年の2月まで。その間グループ活動はなかった。ファンはひたすら全員の契約期間が終了するのを待った。こんなにメンバーの脱退が待ち遠しかったことはない。後にも先にもB.A.Pだけ。

 

この時、ファンは信じていた。6人全員がTSエンターを退社したら、またどこかで再結成するのではないかと。すぐに、ではなくても。

けれども、メンバーはそれぞれの道を進み始めている今の現状。

今後のB.A.Pはどうなっていくの?もうこれで終わりなの?それぞれ推しを応援する環境はあるものの、グループとしては宙ぶらりんな状態で、このままB.A.Pが過去の物になってしまうと思ったら悔しくてこの記事を書いたというわけである。こんなに素晴らしいグループが、有終の美を飾る機会さえ与えてもらえず、ひっそりいなくなっていくなんて嫌だよう…。

少しでも、B.A.Pというアイドルがいたことを、まだ彼らの夢は終わっていないことを、書き残しておきたかった。そういうブログです。

 

ということで、ジャニヲタ10年選手がB.A.Pに2度目の青春を夢見た話でした。

 

*1:いい加減学ばないといけないと思うが、人間そうは言ってもね…。

*2:オリエンタルラジオのあっちゃんが、「KAT-TUN以来の不良アイドルだ」とラジオで言っていた。

*3:筆者は田中聖

*4:1年ぶり3度目。1度目は2010年赤西脱退、2度目は2013年田中契約解除。